- ナルカリ
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ナルカリ/Narukari
- ナルカリクラフト代表(本名:草刈成雄)
- 7つの顔を持つ男
- あるときは木のおもちゃ作家ナルカリ、あるときは謎の占い師糸鋸キリコ、またあるときは糸鋸ロックンローラー糸鋸太郎デラックス
- またあるときはMr.ブルーハート、そしてまたあるときは、、、、
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- 性別:男
- 生年月日:1968年10月24日生まれ
- 星座:さそり座
- 血液型:A型
- 好きなもの:ぎょうざ、とうふ、にら、格闘技、お笑い番組、へたくそギター、ノッティングヒルの恋人、リクオ
- 最近興味があるもの:映画観賞、鳥、家族とのコミュニケーション
1968年大阪府高槻市に生まれる。小さな頃は毎日、絵を描いたり、粘土細工をしたりして遊んでいた。小学校のときに漫画『モンキーマスク』を発表、中学校のときに漫画『伝.T』を発表し学級漫画家として活躍する。似顔絵には自信があり、学級文集等の表紙に多数の似顔絵を載せる。中学、高校とテニス部に在籍し高校時代にはテニス部の部長になる。高校時代は超クソ真面目で、学校の規則等はしっかりと守る男だった。女にはもてず、ふられてばかりの学生時代でもあった。1987年に本格的に美術の世界を知りたくて大阪芸術大学に入学した。3回生のときに木版画を専攻し、その頃描いたキャラクターたちの中には現在のナルカリキャラとして活躍しているものたちも多数いる。大学時代は吹田市にある某遊園地でのアルバイトに没頭し、この頃に酒による数々の失敗をくり返した。一番の失敗は屋根で寝ていて警察に補導されたこと。大学3回生の冬にゆで卵の食べ過ぎがひきがねに盲腸になり手術入院、腹膜炎になり3ヶ月の入院生活を送る。そのとき知り合った看護婦が今の妻○○子である。大学卒業後は某でザイン会社に就職するが軟弱にも3ヶ月で退社し、退社後しばらくパソコンイラストに没頭する。その頃『ヤマハ、フリーアートギターデザインコンペ』にて特選一席(大賞)を受賞した。その後某塗料会社に入社。23歳で結婚して、父親となり4年間塗料会社で工員として勤める。平成7年に妻の実家の木祖村に移住、そこで木工に出会う。木工のおもしろさに魅了され、製作した作品をフリーマーケット等で販売して好評だったことがきっかけで、その気になり、翌年平成8年に県上松技術専門校の木工科に入学し、1年間、家具作りを学ぶ。卒業後にナルカリクラフトを設立、木のおもちゃを中心に木工品の製作販売を始める。現在に至る。平成12年に『第1回箱根全国木のクラフトコンペ』にて奨励賞を受賞。2003年11月、「TVチャンピオン木のおもちゃ王選手権」出演、第2位となる。現在、四児もパパでもある。
1968年/大阪府高槻市に生まれる。
1987年/大阪芸術大学美術学科入学。
1991年/同大学卒業。
1991年11月/ヤマハフリーアートギターデザインコンペにて特選一席を受賞(イラストの公募展)
1995年/女房の実家の長野県木曽郡木祖村に移り住む。
1996年/長野県立上松技術専門校に入学。
1997年/同校を卒業し、木祖村にナルカクラフトを設立。自宅横にプレハブの工房を建設、木工家としてスタートする。
1999年3月/火災、ナルカリ工房全焼。ナルカリおまえは終わったか?
1999年8月/復活!!ログハウスのナルカリの店オープン、ナルカリ工房からナルカリクラフトへ、新しいナルカリが始まる
2000年10月/箱根全国木のクラフトコンペにて『内臓パズル』が奨励賞受賞。
2001年10月/飛騨高山からくりコンテスト入選
ショップでの販売、デパートでの展示を中心に活動が広がる。
2003年11月/テレビチャンピオン「木のおもちゃ王選手権」に出演、第二位となる。
2005年/愛知万博(愛地球博)にユタカさんと出展、糸鋸寿司をあみ出す。
2006年3月/内臓パズルが伊那食品工業(カンテンパパ)の広告に使われる。
2006年8月/ナルカリがイベントアイデアを提案し木祖村で「糸鋸おもちゃコンテスト」開催。「糸鋸おもちゃフェスティバル」も開催し、新しい糸鋸の可能性を提案。(株)ユタカも協賛。
2007年5月3日/糸鋸ロックンロールバンド結成!!電動糸鋸と音楽のコラボレーションによる新しい世界を提案。
『ナルカリと言う男』
- 文 YUCKY
彼、すなわちナルカリの素顔を、私は何度もこの目で見てきた。
彼は木工への情熱を人一倍持っていると共に、時に厳しく、時に優しい人生の先輩である。
たとえば、彼はたまに訳のわからないギャグや、変なキャラクターを考えるなどの一見「変人」とも思われるようなことをするが、私から見れば全然変でもない。それらはすべてウッドクラフトにかける思いの裏返しなのだろう。もちろん、仕事のときは真面目に仕事のことだけを考えている。
彼は私の悩みも親身になって聞いてくれたりもする。苦しい時や辛い時も、彼の優しさがあったからこそ乗り越えられたのであろう。
でも、彼は時には厳しくなる事もある。私がヘマをした時には、それを注意したりもする。しかも、説教の時間がやたらと長い。最長で30分間はしゃべり続ける。もう少し何とかならないか。
厳しいだけでなく、優しい時もある。ときどき休憩時にジュースをおごってくれるのがありがたい。お菓子を持ってきたときは、それをわざわざ私のために分けてくれたりもする。
仕事でわからないことがあったら教えてくれたり、また彼が仕事で困っていたら私がそれを助けてあげたり、楽しい時には一緒に楽しんだり、支え合い助け合っていくうちに、自然と師弟愛だけでなく、一種の「友情」が彼と私の間には芽生えてきた。
私にとって彼は師匠であり、相棒であり、父親であり、兄貴分であり、親友であり、そして何より私の大切な「家族」の一人である。