バカ木工
〜Dr.ナルカリの愉快的木工品のすすめ〜
下のように、バカ木工のアイデアはいくらでもあるものの、それを実際に制作する余裕がないのだ。日々、収入を稼ぐべく作っていると、毎日は過ぎていくのだ。いかん、いかん、こんなことではと思いながら、、、。
イカ〜ン!!
実は実際に作ったものもいくつかあるし、もっとバカバカしいものもいくつかはあるが、写真を撮ってウェブにアップするという行為になかなかならにのが現状かもしれません。
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- ●糸鋸バーへようこそ
- こんな電動糸鋸の提案します。
- ●糸鋸喫茶:
- 扉を開けたらそこは糸鋸喫茶。1時間500円飲み物付き。電動糸鋸使い放題。端材激安!!木材持ち込み可。
- ●糸鋸寿司:
- 「いらっしゃいませ!!なんにしやしょ!!」
- 「ひらめください」
- 「へい!!ひらめ一丁」
- 店主は素早く糸鋸の前に座り、手にした板を切り始めた。巧みな糸鋸裁きは俺の目を奪った。板は見る見るひらめの形に切り抜かれて行く。
- あっと言う間にひらめが出来上がった。
- 店主は俺の目の前にひらめを置いた
- 「へい!ひらめ」
- 「食えるんですかこれ?」
- 「食えるわけねえだろ、そんなもん、食えたらびっくりするよ」
●ここはナルカリワールドのもうひとつの部屋
こにゃにゃちは!ナルカリのもうひとつの姿、わたしがDr.ナルカリです!! 木工愛好家諸君!!最近楽しんで作っておりまっか!!そして若者諸君。木工というジャンルを新しい感覚でひとつのファッションとして楽しんでもらえんでしょうか!今までは中学生になったらエレキギターなんて子供達もいたけど、これからは中学生になったら電動イトノコっていう新しい感覚はどうかな?結構いけるかも。
このバカ木工でDr.ナルカリが木工の新しい楽しみ方を提案いたします。
木工はファッションになればお笑いにもなる。それは作る人の感性でお洒落の新しいジャンルを作ることができるのだ。『木工愛好家諸君!!バカになれ!!』皆さん、これからはバカ木工だ!!
(右写真=Dr.ナルカリがキャサリン人形にかじりつくところ。Dr.ナルカリはこのようにして、心を高ぶらせて作品作りに望むのである。)
- 俺はなぜ木工をはじめたのであろうか?ふとそう考えると思い出すのは今からおよそ9年前のこと、大阪から木曽に来たことが木の物作りのはじまり。
- 妻が長野県木曽郡の木祖村出身ということ、そして3人娘の長女ということ、俺が次男ということ、俺がそのときの仕事に満足していなかったということ、美術や図工が好きだったということ。ログハウスに住みたいという夢があったこと、これらすべてが上手い具合にナルカリを木工への道に誘い込むお手伝いをしてくれることになったのであろう。
- 大阪で会社に勤めていたときに、趣味で陶芸をはじめた。それは自分が生活に満足できないことから逃れるための小さな挑戦だったと思う。陶芸の本を買い漁り、いつか自分の窯を造って将来は陶芸家としての道もあるのではないかと考えたこともある。もちろん陶芸にはのめり込んだし、かなり面白く魅力があった。そのときに工芸品を作るおもしろさを味わったかもしれない。
- さて、妻の実家に引っ越すことが決まり、会社へ退職願を出して、田舎暮らしをすることを決心をした。木曽に行けば、自分にふさわしい仕事に出会えるのではないか、そんな希望はあった。
- 木曽に来て、そして仕事をどうしようかと思い、職業安定所にも行った。もちろん陶芸の道も考えたが、どうしても陶芸でなければならないという思いはそんなに大きくならなかったような気がする。けれども、何か作る(創る)仕事がしたい。その思いは強かった。
- 小さな頃から絵を描くのが好きで、粘度細工や落書きをしたりして幼年期を過ごした。小、中学校ではクラスの友達を主人公にしたヘタクソな漫画などを描いて、喜ばれたりもした。学級新聞で友達の似顔絵を描いたり、授業中も先生の話もろくに聞かずに教科書やノートの端に落書きをするタイプの生徒だった。似顔絵には自信があったし、将来はイラストレーターになりたいと考えていた。唯一、学校で5をとれるのが美術の授業だったような気がする。
- そんな中学、高校生活を経て、大学進学は大阪芸術大学を選んだ。高校を出てすぐに働く気もなかったし、憧れの大学生活を夢見ていたので、好きな絵の大学に行ければと思った。父はあまり賛成はしていなかったが、母は結構乗り気になり芸大への進学を許された。受験の半年前くらいから、美術研究所のようなところに通い、美大受験対策のための絵のトレーニングした。そういうこともあって、大阪芸大受験に合格し、晴れて大阪芸大生となり4年間真面目に大学で美術のなんたるやを学んだことになる。
- 今考えると、大学の4年間で何を得たのか具体的に書こうとすると、はて何?って感じかも知れないけど、その『はて何?』っていうものが、今の自分に凄く活かされているものなんだろうと思える。それは頭が良くなったとか、腕があがったというものではなく、もっと精神的なもので、言葉では表されない世界なんだろうね。
- 木祖村に来て、少し時間を持て余している毎日、自分がやりたいと思う仕事もそんなに出会えずにいるとき、家の軒の下などに木材があったので義父に必要なものかどうか尋ねてみたら、いらないというので、その木材を使って何か作ってみようかと思った。ログハウスの雑誌などで木工の記事を目にしていたりして、とりあえず興味は持っていたので、まずはキッチンで使う調味料台でも作ってみようと思った。はじめにどのような機械を買ったかは覚えていないが、電動イトノコを使うことがすごく楽しみだったような気がする。
- はじめて買ったイトノコはリョービの電動イトノコで1万9千円ほどしたような。今使っているイトノコと比較すると最悪なものだったが、そのときはそんなこともわからずにイトノコとはこんなものかと思っていたと思う。
- とにかく適当に調味料台を作った。釘をぽんぽんと打ち付けて、黒っぽいオイルステインを塗った。最後にステンシルで「spice」と白い文字で味付けをした。我ながらすばらしい出来だと思い女房や義母などに見せると、えらく褒められた。それがすべてのはじまり。ナルカリ木工のはじまりだ。
- 作ることの楽しさ、作ったものを喜んでもらえた時の喜び。ものを作る原点はここにある。この仕事を初めてから約7年、いろいろな思いで製作してきた。なんとか仕事としてものにしなければと、そんな思いばかり先攻していたようね気もする。作ったものをいかに金に代えるかということが、心の中を一番占めていたのかも知れない。これを書いている現在もそれは変わらないだろう。プロとして木工をやって行く以上は、作ったものを売って金を稼がなければいけない。金を稼がなければこの仕事を続けて行くことはできないのだ。
- 俺には俺なりの表現の仕方がある。しかし、そのほとんどは表現できていないし、自分さえわからないこもたくさんある。いつか自分がほんとに望んでいる場所に行き着きたいと考えるが、それは叶わぬ夢なのだろうか?今のやり方をしていたら、いつまでもこのまま変わることが無いのでは、そういう思いが俺を焦らせる。
- これは新たなる挑戦。そして俺なりの木工表現。そう思って始めることにした。『バカ木工〜愉快的木工品のすすめ〜』と題したナルカリの木の世界、これはただの木工品の製作手本書で終わらせたくは無い、木工や手作りの世界に新しい風を吹かせたい。
★イトノコと旋盤、木工を志す人なら、一度は使ってみたいと思う機械だろう。この『バカ木工』ではイトノコと木工旋盤を中心に使った愉快でばかばかしい木のおもちゃや雑貨の作り方を解説したいと思います。
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